モーターバイクの第1号

ヤマハがモーターバイクの第1号投入したのはいつかご存知でしょうか。それは1955年です。その当時は今よりも二輪メーカーの販売競争が非常に激しい時代でした。

ヤマハというとそれまでは楽器屋さんというイメージだったため、2輪を売り出した当初世間は「あの楽器屋さんがねえ」というかなり冷ややかな目で見ていました。そのため、バイクは売れ行きがあまりよくありませんでした。そうした世間の風評を払拭するために当時の社長川上源一が第1号機YA-1富士登山オートレース全国大会に参加することを決めました。この大会はすでに2回行なわれていましたが、ヤマハが最初にこの大会に出たのは1955年の第3回大会でした。この大会は観光客の誘致がそもそもの目的でしたが、第2回目からはメーカー各社が宣伝のためにこぞって参加するようになりました。それまでに勝てるバイクを作らなければなりませんでした。そこから社員の戦いが始まりました。車買取 京都